山のあいだで、繭から布まで。
養蚕、真綿づくり、糸紡ぎ、染め、整経、織り。家族で受け継いできた仕事と、現在のyamamayuの布づくりをご紹介します。

1894年、八王子から
二階堂織物は、明治27年(1894年)に東京・八王子で創業しました。着物地の生産から始まり、織物産業と暮らしの変化に合わせて、つくる布のかたちを変えてきました。
戦後、着物の需要が移り変わるなかで、家業は着物地から洋服地へと仕事を広げました。1980年代には、糸や組織を組み合わせた生地を開発し、国内外のデザイナーへ届けてきました。
糸を選び、整経し、機を調整して布にする。その仕事は、4代目・中川原哲治と惠子、5代目・中川原里彩へ受け継がれています。

山梨で始めた、繭からの仕事
1998年、山梨県市川三郷町の山あいに工房を移しました。4代目・中川原哲治が天蚕(ヤママユ)の繭と出会い、その糸がもつ色と光に惹かれたことが、現在の布づくりの始まりです。
山に天蚕の卵を付け、孵化した幼虫を育て、繭を収穫する。家蚕も育て、繭を煮て真綿をつくり、手で糸を紡ぐ。家族や地域の方々とともに、季節ごとの作業を続けています。
育った環境や繭の状態によって、糸の太さ、色、節の現れ方は変わります。その違いを見ながら、組み合わせる糸、染める色、織り方を決めていきます。

工房の機と道具
山梨の工房には、二台の力織機、約13台のたてばた、整経機、糸を作る道具があります。糸の性質と、つくりたい布に合わせて使う機を選びます。
二台の力織機は、それぞれ動き方と得意とする布が異なります。糸の太さや撚り、経糸の張力、緯糸の打ち込み、布の巻き取りを見ながら、一枚ごとに調整します。太い糸や節のある糸を使うときには、手で機の動きを補いながら織り進めます。
たてばたでは、足で経糸を開き、手で緯糸を入れます。織りながら組織や密度を変え、糸の動きや重なりを布に表します。
織る前には、必要な本数と長さの経糸を整経機にかけます。工房では、昭和初期の整経機を改良しながら使っています。数百本の糸の張り具合をそろえ、綜絖と筬を通し、機に掛けるまで、布に合わせた準備が続きます。
機に油を差し、音や振動を確かめ、糸に合わせて動きを整える。道具の状態と糸の様子を見ながら、その日の作業を進めています。

家族でつくる、現在の布
現在は、4代目・中川原哲治と惠子、5代目・中川原里彩を中心に、家族で工房を営んでいます。天蚕と家蚕の飼育、真綿づくり、糸紡ぎ、染め、整経、織りを、それぞれの経験を生かしながら分担しています。
素材、染め、整経、使用する機、織り方を一つの流れとして考えます。同じ糸も、張力や組織、緯糸の入れ方によって、布になったときの厚み、光、手触りが変わります。
一枚の布ができるまでには、繭を育てる時間、糸をつくる時間、機を整える時間があります。そして、今を感じながら次の布へつないでいます。
メンバー
- 中川原 哲治
- 中川原 惠子
- 中川原 里彩
- 二階堂 翔一郎
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繭から糸をつくり、染め、整経し、布を織るまでの工程と、素材を受け取った後の循環についてご紹介します。