作品をつくっていると、色そのものより先に、空気の記憶が残っていることがあります。
《霞影》は、そんな記憶から生まれた布です。
朝霧の中で、山の稜線が淡く沈んで見える景色。
雪が降った日の朝の、白くやわらかな輝き。
真夜中に、しんしんと雪が降り積もっていく時間。
山にいると、ときどき雪の音が聞こえるような静けさがあります。
音が消えるのではなく、あたり一面が静けさそのものになるような感覚です。
それはきっと、山で暮らしていなければ、なかなか出会えないものだと思います。

《霞影》を織っているとき、私の中にあったのは、そんな雪の日の景色でした。
白い景色をそのまま写すのではなく、
霧の向こうに稜線が沈んでいくような気配や、
黒がそのまま黒で終わらず、静かに明るさへひらいていく感じを、一枚の布に重ねていきたいと思っていました。
2025年の終わり頃、この作品では、黒・グレー・白をゆるやかに重ねながら、線の層が静かに浮かび上がるように織っていきました。
近づくと糸の重なりが見え、離れると景色のように見えてくる。
そんな距離による変化も、この布の中に残したいことのひとつでした。

白には、やわらかな光沢だけではない、少しだけ素朴さのある糸も使っています。
きびそ糸や、1000個の繭から引いた糸、手紡ぎの真綿糸など、それぞれ質感の違う白が入ることで、まっさらな白ではない、雪の日の光のような奥行きが出てきました。

からみ織りは、糸のあいだに空気を含む織りです。
そのため、光を受けると透けが生まれ、密度のある部分とひらく部分が、見る角度によって少しずつ表情を変えます。
《霞影》も、じっと眺めていると、朝霧、雪の朝、真夜中の雪景色、そのどれにも少しずつ近づいていくような布になった気がしています。
強く印象を残す布ではなく、静けさの中にそっと輪郭がある布。
山で見てきた雪の日の気配が、白と黒と灰色のあいだに残るように、ゆっくり整えていった一枚です。
残念ながら、今年は初めて雪の積もらない冬でした。少しづつ季節の移ろいが変化しているけれど、山の暮らしの中で出会った景色は、消えてしまうのではなく、こうして少しずつ布の中に残っていくのだと・・・、残していきたいと思います。
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