〖創作日記〗緑の繭がつむぐもの

森の光を受けて育つ繭、その糸が布になるまで。
天蚕の布に宿る静かな力について綴ります。

山梨と岩手の山の中で、私たちは天蚕を育てています。
葉の上で静かに繭をつくるその姿を見ていると、布になる前の絹には、すでに言葉にならない時間が宿っているのだと感じます。

黄緑の繭は、染めた色ではなく、自然の中で生まれた色そのものです。
その色が糸になり、布になったとき、ただ美しいだけではなく、森の空気や光の気配までも、どこかに残しているように思えます。

この布を手にするとき、私たちが受け取っているのは、素材ではなく、自然と手仕事が重なったひとつの記憶なのかもしれません。


森の中で生まれる光

天蚕は、クヌギの葉を食べ、山の風や太陽の光を受けながら育ちます。
その繭が持つ緑は、人工的につくられたものではなく、自然の条件の中で立ち上がる色です。

朝の光、午後の光、曇りの日のやわらかな明るさ。見る時間によって繭の色が少しずつ違って見えるたび、自然の中で育ったものだけが持つ深さがあるのだと思わされます。


繭の色を、そのまま布へ

天蚕の布では、繭そのものの色を活かしたいと思っています。
とくに緯糸にあらわれるその色は、染めた色にはない、静かなやわらかさを持っています。

光沢は強く主張するものではなく、近くで見るとやさしく、離れて見ると面として立ち上がるような光です。
それは、森の中で見つけた繭の印象に、どこか似ています。


自然の力をまとうということ

太陽の光を浴びて育った天蚕の布には、どこか自然の力が残っているように感じます。
一般に絹のたんぱく質は紫外線を吸収しやすい性質をもち、衣服そのものも肌と光のあいだに一枚の境界をつくります。

ただ、その守る力は布の厚みや織りの密度、仕上げによって変わります。
だから私たちは、天蚕の布を「強い機能をうたう布」としてではなく、光をやわらげ、肌のそばで自然の気配を受けとめる布として捉えています。

身にまとうとき、布はただ覆うだけではなく、外の世界と身体のあいだに、やわらかな距離をつくってくれます。
そのこと自体が、天蚕の布が持つ静かな力なのだと思います。


山梨と岩手、ふたつの山から

数年前から、山梨だけでなく岩手でも天蚕を育てるようになりました。
同じ天蚕でも、土地が変わると、そこに流れる時間や気配も少しずつ違います。

山梨の光、岩手の風。ふたつの山で育つ天蚕から受け取るものは、それぞれに異なります。
そうした違いが、これからの布の表情にも少しずつあらわれていくのだと思います。


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